修士設計「小さな部屋/小さな時間」
Works
方丈記(鴨長明)の情景描写に見る時間的変容と最小限空間に関する研究。第1章では方丈記を住居論として読み解き、鴨長明が最後に住んだ「方丈の庵」を文学描写と、跡地のフィールド調査から立ち上げる。第2章では自らが世界を旅する中でみてきた風景や出来事、現象をきっかけとして設計する手法を試みた。序文を下記に公開します。
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私の夢は「死ぬまでに世界のすべての場所に行くこと」です。
これまで、世界の様々な国を旅してきました。
私には物を紛失したり忘れる癖があり、普段の生活の中でもよく怒られます。旅の過程でも、様々なものを落としたり壊したりしていました。
まず、コンタクトを失くしてメガネを壊し、歩きすぎて靴が壊れ、カバンを壊してデジカメを忘れ、携帯を失くし、地図も何もかも失くしていきました。なくすものがなくなるまで失くして、最後に失くしたのは自分の心の中にあった虚勢や自信でした。
自分の周りのものほとんど全てを失くした時、その長い旅の最後に辿り着いたのがサハラ砂漠でした。クレジットカードが使えなくなり、肌も真っ黒になり、言葉が通じなくなり次第に日本語も忘れて…
そういった極限に削がれた状態の自分を、周りに広がる極限に情報も事物も削がれた砂漠の環境は、大きく突き動かしました。
広大な砂漠の夜明け前、ただサラサラと音がする肌寒い空気に手の届きそうな無数の星と月が、はっきりとした姿で浮かぶ夜空。少しずつ青く色づいてゆく空に、鳥が颯爽と飛び始める。木立がざわめき太陽が顔を出すと、辺り一面赤く染まっていき、オアシスに空が反射して見渡す限り赤と青に包まれる。
1日の温度変化が50度近くあるため、夜明け前に肌寒く感じていた空気が徐々に温められ体温となっていくのさえ感じる。今日という日が終わりに近づき、やがて地平線に太陽が沈むのを目の当たりにする。ここでは水が欠如し、シャワーも出ない。農業は不可能で、食料に対して非常にシビアに生きている。
昼間の日が照り付ける自然環境は過酷そのものだけれども、不純物が極めて少ない空気は心地よく、見渡す限りに広がる台地と空はどこまでも無限で、太陽の傾きに合わせて刻々と変化する風景や影のゆらぎはとても幻想的でした。
ここでは建築家が建てた建物はなく、人々があこがれる美しい中世の街並みも近代的な街並みもない。エアコンやインターネットやエレベーターなど、我々の周りに当たり前にあるもの、なければ不快に感じるものはひとつもない。しかし、延々と何もない広大な砂漠の中で、日の傾きに刻々と変化する風景は美しく豊かな広がりを見せたし、次に現れるだろう瞬間の前触れは魅力的で感動を誘われたし、まっすぐ太陽を浴びて逃げ隠れ出来ない場所に立つ緊張感は、自分をこれまでの人生の中で最も人間らしく存在させました。
そして、旅をしていると、次に行く場所を考えます。まだ行ったことのない場所は雑誌を読んだりして思いを巡らせます。時にはいった気にさえなったりします。
しかし雑誌や本を読んで知った気になっていた建築は実は想像と全く違った大きさで、イメージと異なる温度を持ち、時間の経過とともに刻々と表現を変化させる事に気が付きます。
風が吹き、湿度を含み、周囲の風景が写り込み、そこへ至るまでの道のりでの苦痛を時に重ね合わせ、その美しさが更に際立つこともあります。雑誌や本は、どれだけその建築の真の姿を表現していると言えるでしょうか。
よって、私の研究では、事物がそがれたプリミティヴな空間が、時間の変化とともに刻々と見せる表現がいかに豊かであるかを伝えたいと思います。欲張りは承知で、その現象を描き出すツールを探ることもまた、私の研究としたいと思います。
旅とは、私にとってきっと、自分の小ささ、自分のいた世界の小ささ、自分の抱えていた苦悩の小ささを感じていく作業なのだと思います。
旅をすればするほど、いろいろなものを見れば見るほど、まだ見ぬ世界があるんだということを知ります。
「世界のすべての風景を見る」ことが夢ですが、行った場所が増えれば増えるほど、私の夢は叶いっこないことを思い知ります。
建築に対しても同じで、勉強をすればするほど建築が分からなくなり、どんどん届かない存在になり、私が一生かけて何が出来るんだろうと、何度も苦しみました。理由もなく持っていた自信は既にどこにもなく、目を輝かせて建築を語る人は何故こんなにも輝いているんだろうと、時々眩しすぎて直視できなかったりします。
それでもずるずると格好悪くしがみついてここにぶら下がっている私が作れるのは、本当に小さな部屋で精一杯だと思いました。自分の中の衝動や感銘を、極限に削がれた環境での事象の豊かさ/宇宙を、小さな部屋に詰め込んでいくような設計をしたいと考えています。
自分と向き合い続けて内面を抉り出し、私が突き動かされた世界を少しでも伝えられたら本望です。
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2008年修士設計「小さな部屋/小さな時間」
【受賞】
工学院大学修士設計 最優秀賞
トウキョウ建築コレクション 審査員(大野秀俊)賞
#ARCHITECTURE